本書は、「努力すれば何にでもなれる」という楽観とも、「すべては遺伝で決まる」という諦観とも距離を取り、
人間の能力をめぐる現実を、科学的知見に基づいて整理し直そうとする一冊だ。
刺激的なタイトルに反して、語り口は冷静で、読者を極端な立場へと誘導しない。
遺伝の影響を正面から見る
双生児法の研究を通じて、知能にはおよそ50〜60%程度の遺伝率があることが示されている。
本書では、知能に限らず、さまざまな形質についてどの程度遺伝が影響するのかが具体的に示されており、その点だけでも読み応えがある。
ただし、筆者は遺伝だけで全てが決まるとは言わない。
環境要因もまた、確実に影響を及ぼす。
環境という調整変数
たとえば、家庭内の「混沌さ」が学業成績に5〜7%程度の影響を与えるという研究結果は興味深い。
秩序だった生活環境が、学習にとって意味を持つことが、感覚ではなくデータで示されている。
一方で、過度な遺伝子信仰への警鐘も忘れられていない。
遺伝の影響を認めつつ、それを運命論にしない姿勢が、本書の信頼性を支えている。
「頭の良さ」の再定義
頭の良さとは何か。
本書では、前頭前野と頭頂葉がうまく同調し、適切なタイミングで適切な対象に注意を向けられる能力だ、という見解が紹介される。
抽象的な知能指数ではなく、注意の制御という観点から知性を捉え直す視点は、新鮮だ。
学校の差と直感の価値
意外なのは、学校の違いが学力に与える影響は、それほど大きくないという指摘だ。
「この学校に入れれば伸びる」という期待に対し、冷静な修正を加えている。
その代わりに重視されるのが、
「この子にはここが合いそうだ」という親の直感である。
これは、教育選択に悩む親にとって、一種の救いとも言える。
非認知能力への過度な期待を戒める
近年もてはやされがちな非認知能力についても、本書は距離を取る。
それすら遺伝の影響を受けるという事実は、確かに虚しさを伴う。
しかし、「何でもやればできる」と根拠なく鼓舞するよりは、現実を見据えた方が誠実だという立場は一貫している。
できることは何か
では、親や個人にできることは何か。
本書が挙げるのは、静かな環境での丁寧な暮らしと、本の読み聞かせだ。
派手さはないが、具体的で再現性がある。
環境が全てを決めないからこそ、整えられる部分を整えるという姿勢が現実的だ。
年齢とともに変わる影響
興味深い結論として、人は年を取るほど環境の影響を受けにくくなり、
代わりに自身の遺伝的特性がより明確に表れてくる、という指摘がある。
努力が無意味になるわけではないが、
「自分らしさ」が次第に固定化されていくという見方は、静かな説得力を持つ。
結びにかえて
『生まれが9割の世界をどう生きるか』は、
希望を煽る本でも、絶望を与える本でもない。
できることと、できないことを分けたうえで、
それでもどう生きるかを考えるための、誠実な土台を提供してくれる一冊だ。
努力を信じたい人にも、
努力に疲れた人にも、
一度立ち止まって読む価値がある。
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