本書は、進化論を「生物はより優れた方向へ進む」という通俗的理解から切り離し、
進化生物学が実際に何を扱っている学問なのかを、極めて整理された形で提示している。
最初に強調されるのは、進化とは形質が変化することにすぎず、そこに価値判断は含まれないという点だ。
良い進化、悪い進化という言い方自体が、科学的には意味を持たない。
自然選択の複数のかたち
自然選択には複数の様式がある。
平均的な形質をもつ個体が有利になる場合には安定化選択が、
極端な形質が有利になる場合には方向性選択が働く。
この整理だけでも、「進化=進歩」という理解が誤りであることがよくわかる。
進化とは、環境に対する相対的な適合の結果であり、目標に向かうプロセスではない。
ハーディ・ヴァインベルク均衡とは何か
本書で触れられるハーディ・ヴァインベルク均衡は、文系読者にとって特に興味深い概念だろう。
これは、
- 集団が十分に大きい
- 突然変異が起きない
- 移住がない
- 自然選択が働かない
- 無作為交配が行われる
という条件が満たされている限り、遺伝子頻度と遺伝子型頻度は世代を超えて変化しない、という原理である。
重要なのは、この均衡が「現実の姿」ではなく、**基準点(ゼロ点)**として設定されていることだ。
つまり、
ハーディ・ヴァインベルク均衡が崩れているなら、そこでは何らかの進化要因が働いている
と判断できる。
進化を「起きているかどうか」を判定するための、理論的な物差しなのである。
ダーウィンの功績の位置づけ
結論として、本書はこう整理する。
ダーウィンが見出したのは、自然選択のうち方向性選択であった。
しかし、それだけで進化論が金字塔であることに変わりはない。
むしろ、その後の研究によって、安定化選択や遺伝的浮動といった概念が加わり、
進化論そのものが「進化」してきたことが、本書の主題でもある。
漸進性という証拠
進化が多くの場合、漸進的に起こるという事実は、
方向性選択と安定化選択が同時に働いている証拠でもある。
急激な変化が常に起こるわけではなく、
むしろ多くの場合は、変わらないことが選ばれ続けている。
発生と進化の区別
もう一つ、誤解されやすい点として、
**一世代内の変化は「発生」であり、世代を超えた変化が「進化」**であるという区別が強調される。
個体の成長や適応を、進化と混同してはいけない。
進化とは、あくまで集団レベルの現象だ。
数と偶然の力
進化速度を速めるためには、子孫を多く残す必要がある。
これは直感的だが、改めて言語化されると納得感がある。
同時に、生物の変化においては、
自然選択よりも遺伝的浮動――偶然による頻度変動――の影響が大きい場合も少なくない。
進化は、必ずしも合理的な結果を生むわけではない。
結びにかえて
『進化論はいかに進化したか』は、
進化論を「思想」や「世界観」から切り離し、
統計と集団の学問として捉え直させてくれる一冊だ。
進化を進歩と誤解しないこと。
それだけでも、本書を読む価値は十分にある。
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