本書は、日本の株式市場が抱える構造的な歪みを、感情論ではなく数値と原理から整理していく一冊だ。
語られるのは派手な投資手法ではなく、あくまで「資本主義のルール」が、どこで、どのように無視されてきたのかという点にある。
日本市場の異常さを示す数値
冒頭で提示されるPBRの比較は象徴的だ。
日本の上場企業の平均PBRは1.3倍にとどまり、アメリカの4.5倍、欧州の1.8倍と大きな開きがある。さらに深刻なのは、PBR1倍未満の企業が日本では約4割に達している点だ。
これは偶然ではなく、PERの低さ、すなわち成長期待の欠如が主因であることが淡々と説明される。
買収防衛策というメッセージ
本書が厳しく批判するのが、安易な買収防衛策だ。
それは敵対的買収から企業を守る盾ではなく、「成長する気はありません」と市場に向けて掲げる張り紙に等しい、と著者は見る。
企業価値を高める努力を放棄したまま、防衛策だけを整える姿勢は、株主にとって合理的とは言い難い。
株主価値を毀損する人々
合理性を欠いた経営判断に賛同し、株主価値の低下を黙認する存在についても、容赦はない。
それはもはや総会屋と本質的に変わらないという指摘は、静かながら鋭い。
PBR1倍を割り込む企業に対し、改善を求めることなく高額な定額報酬を受け取る”与党”の姿は、資本主義の論理から大きく逸脱している。
欠落した資本コストの概念
本書を通じて繰り返し浮かび上がるのが、日本企業における資本コスト意識の欠如だ。
PBR1倍割れという状態は、市場から「資本を効率的に使えていない」と評価されていることに他ならない。
それにもかかわらず、経営の現場ではそのシグナルが無視され続けてきた。
政策保有株と経営の歪み
政策保有株についても、著者は合理性を認めない。
含み益の増減が自己資本に影響を与える以上、経営判断を歪める要因でしかなく、長期的な企業価値向上とは相容れないという立場が一貫している。
禅譲という名の例外
社長ポストの禅譲についても、本書は明確だ。
それは美徳でも安定でもなく、資本主義のルールから外れた「例外」を常態化させてきたに過ぎない。
市場原理に委ねるべき領域を、慣習で覆い隠してきた結果が、現在の低評価につながっているという視点は説得力がある。
結びにかえて
『「モノ言う株主」の株式市場原論』は、過激な改革論ではない。
むしろ、資本主義の基本に忠実であろうとする姿勢が、今の日本市場では過激に見えてしまう現実を静かに突きつける。
投資家だけでなく、経営に関わる立場の人間ほど、本書の指摘を一度は正面から受け止める必要があるだろう。
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